Wednesday, December 31, 2014

祝福のKEYはあなただ!(DEUTERONOMY11;8-21)

祝福のKEYはあなただ!(DEUTERONOMY11;8-21)18節「あなたがたは、私の言葉を心と魂に刻みつけ、それをしるしとして手に結びつけ、記章として額の上につけなさい」21節「それは、主があなた方の先祖たちに、与えると誓われた地で、あなたがたの日数と、あなたがたの子孫の日数が、天が地を覆う日数のように長くなるためである」このように、’黙想しました。①「心と魂に刻みつけよ」とは、自分の態度、BEING,心、姿勢、何よりも自分の魂(人って肉体だけでなく、魂のある存在ですよね)におくこと、②「しるしとして手に」手とは、行いかな、自分のするべきこと、DOINGそこに、主イエスとしてしるし、神様の言葉を持って行いなさい、と思いました。③「額の上に記章として」それって、頭、目の前に、自分の考えにも、他人にも見せる場所です(ユダヤ人の人の実際にしている姿を、そのまま記章と、しるしを手首にしている、イスラエルに行った時にみました)そうまでしてやっとなんだと思いました。でも、それは、神様の祝福を受けるためです、神様は下さることが好きな方です、祝福を上げたい方です、KEYは、わたし、です、あなたです。主の言葉を豊かに住まわせる自分に、学びを、教会に、家族に、未だに知らない人々に伝えていきます。
 

Both autumn and spring rainsを与えてください(DEUTERONOMY11;8-21)

Both autumn and spring rainsを与えてください(DEUTERONOMY11;8-21)14節「先の雨と後の雨を与えよう、あなたは、あなたの穀物と新しいぶどう酒を集めよう」15節「~あなたは食べて満ち足りよう」その祝福は、心を尽くし、思いを尽くし、神様を愛することから来ます。すごいですね、祝福の条件がイエスを愛することであるとは!イエスを信じる時に満足が来ます、満足って難しいものです、人は何かえると次を求めます。しかし、主に信頼する人には満足が来ます。何よりも、収穫に必要なのは、先の雨、後の雨です、自分の力でなくて、天の門を開き、主の臨在があって祝福、収穫が来ます。祈ります、TORRANCEに。SOUTH BAYに、南カリフォルニアに、LAに私たちに先の雨、後の雨、を与えたください(これって、南カリフォルニアに住んでいると分かりやすいたとえです!)主の収穫、救われる人が、起こされるように、イエスの弟子が起こされるように、ジュビリーCHリバイバルがありますように、主イエスを愛する人であふれる2015年からになることを信じ、祈りつつ。
 
12月31日の感謝、①なんといっても、一年守り、導き、保護し!守ってくださった神様に感謝!②というよりも、一年半守ってくださった主の奇跡に感謝、③感謝すればするほどあふれること、祝福に感謝!

新しい一年に生き方の変化が必要だ!(DEUTERONOMY11;8-21)

新しい一年に生き方の変化が必要だ!(DEUTERONOMY11;8-21)10節「なぜなら、あなたが入って行って、所有しようとしている地は、あなたがた出て来たエジプトの地のようではないからである。あそこでは、野菜畑のように、自分で種を蒔き、自分の力で水をやらなければならなかった」11節「しかし、あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地は、山と谷の地であり、天の雨で潤っている」イエスは言われます、神様は言われます、今までの奴隷の人生、罪の奴隷、そして古い自分からの脱出から、今までと同じ人生を歩んだらいけない、変化が必要だ!と言われます。同じ習慣、同じなれた場所から出なくて、主イエスの言われる場所に行くために、「離れること」が必要です。天の雨が無いと、今度は生きていけない地である、ということです、大きな祝福があり、天の雨で潤っていますが(渇いてる、少しあるでなくて、ちゃんと約束をくださいます)しかし、それは、自分の力でやってきた、という地平にいてはいけないのです。主だけに頼ること、今まで以上の人生があるのです、主に頼ること、変化すること、新しい人生を歩む時に不安があります、しかし、主にだけ頼る、それは、人生の主人が主イエスであることを告白します、信仰を持って、山と谷の地に、天の雨が潤っている場所に、主だけに頼っていく新年を迎えます。新しい変化、新しい人生、生き方へ進み続けます。
 

一年のまとめを御言葉ですると期待でいっぱい(DEUTERONOMY11;8-21)

一年のまとめを御言葉ですると期待でいっぱい(DEUTERONOMY11;8-21)8節「あなたがたは、私が今日、あなたに命じるすべての命令を守りなさい、そうすれば、あなたがたは強くなり、あなたがたが渡って行って、所有しようとしている地を所有する事ができ」神様の祝福をつかみたいなら、①すべての命令を守ること(例外なく、これはいい、あれは嫌だ、従順は苦手だ、でなくて)命令を守る安全、祝福、信頼、神様ご自身を信じること、愛することから、命令を守ることができます、また、主の命令を守る祝福を体験することです。②その結果は、強くなり、GO AND TAKE OVER THE LAND(祖先に約束された地を自分たちがとれます!これ、すごくないですか?約束を自分が得れるのです、祖先の約束を信仰の子孫が得れるのです)LIVE LONGできます、大きな祝福です、主のために生きれ、主のために時間をもっとたくさん出来ます。その地は、MILK&HONEYです、どのような過去があっても、主にある新しい人生を生きる人は、挫折にある人にも、失敗があっても、イエスの救いを受けて、新しい人となり、主を愛すし、主に従う人にこのような祝福があります、期待します、主を愛していきます。
 

Tuesday, December 30, 2014

Rolling hilss covenat ch 礼拝メッセージ 12/14 「彼が来られた理由」ルカ2:6-12


年末の感謝、①車が少ない、教会も静か、メッセージの準備落ち着いてできます、ありがとう!②一年間を導いてくださった主の愛に、導きに感謝、大変だった時も歩けど!、③やはり、2-4年祈った祈祷課題を応えてくださった主イエスに感謝!

イエスのためにどれほど苦難を受けたのか?!(マタイの福音書5;1-16)

イエスのためにどれほど苦難を受けたのか?!(マタイの福音書5;1-16)年末のQTをしています、今日はマタイの福音書の山上の説教、八福といわれる、箇所でした。QT雑誌の中高生用のSENAで『2014年何を成し遂げたのか?」ということを年末に人々は考えるけど、もっと大事な質問が「WHO AM I」という質問です、という話がありました。良い質問だと思いました。自分が誰か、分かる時に自分のすべきことがわかります。自分の使命が分かります、自分の役割が分かります。すると、自分のしたことが意味あることか?どうか分かります。自分のしたことが本当に価値のあることなのか?それとも、一時的なことなのか?自分がつらくても、主イエスのためにしたことなら意味があることが分かります。11節「BLESSED ARE YOU WHEN PEOPLE INSULT YOU,PERSECUTE YOU AND FALSELY SAY ALL KINDS OF EVIL AGAINST YOU BECAUSE OF ME}12節「REJOICE AND BE GLAD~」とあります、主イエスのために苦難を受けるのなら、喜べ!喜び踊りなさい、と言われているのです。『心の貧しい者は幸いです、天の御国はその人たちのものだから」という約束があるのです。逆説の、逆転の価値観にクリスチャンは生きています、どれほど、多くの?(私だけ)クリスチャンが成功、という、目に見えることにだけ信仰を勘違いしていることでしょう。どれだけしたのか?勘違いします、主がどう見られるかです?また、もう一つは苦難を避けていないのか?逃げていないのか?妥協していないのか?ということです。今日のQT後半部分では、地の塩、世の光、というメッセージが来ます、その役割を、人生を生きよ、と言います。自分のアイデンティの通りに生きたのか、振り返り、主のために苦難を歩みます(嫌だけど、逃げたいけど)神様の国を受ける人になりたい、と思います
 
 

Monday, December 29, 2014

天国の秘密を味わう人生 コロサイ人の手紙3章12-17節 ジュビリー教会 北野実牧師



12. それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。13.互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。14. そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。15. キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。16.キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。17. あなたがたのすることは、ことばによると行ないによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。
年末にむけての感謝、①聖書通読表を家内が3週間かけて作ってくれました、ありがとう!これで聖書読みます、②QT恵み、感謝、③少し前に長く祈ったことがクリスマス前に答えられた感謝をしましたが、そのことが順調に進んだこと、本当に感謝!
 

実を結びたいなら(詩篇1;1-6)

実を結びたいなら(詩篇1;1-6)年末QTの聖書を読みながら、一年を神様の言葉で振り返りました。誰もが実を結ぶ人生を歩みたいのでないでしょうか?でも、なぜ難しいのでしょうか?単純な霊的なゴールデンルールで歩まないためです。聖書は、神様は言います、BLESSED IS THE ONE WHO~と言います、最初の1節は「悪者のはかりごとに歩まず、罪びとの座に着かず、嘲るもののの座に着かなかった、その人」と言います、たとえ一瞬でも悪者のはかりごとにあゆまず、罪びとの座に着かず、嘲ることがなかったでしょうか?一年間、また今までの生涯を通してどうだったでしょうか?私自身とても恥ずかしいものです。しかし、主の前に悔い改めます。主は悪者の道の結果を言われます4節「まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ」と言われます。5節「悪者は裁きの中に立ちおおせず、罪びとは正しい者の集いに立てない」と言います、悪者の人生は、隠し、逃避し、確信の無い、一時的な成功のために生きます、しかし、その結果は、たつことの出来ない、軽い軽い、一瞬で吹き飛ばされる人生です。逆に、2節「主...の教えを喜びとして、昼も夜もその教えを口ずさむ」(NIVではIN THE LAW OF THE LORD)とあります、聖書の教えを、神様の教えをどれほど喜んでいるのでしょうか?神様の教えに従うときに来る祝福をどれほど期待しているのでしょうか?神様の愛が分からないと、これは難しいでしょう、でも、逆に、主の愛さえ分かれば、こっちのものです!主の愛さえあれば、主が味方なら、怖いものは無いのです。また、何よりも主の教えを喜ぶ、主のルールで生きることを喜び、ことを自ら選んでいるでしょうか?その人は何をして栄える(3節)時がくると実を結ぶ3節、とあります、これしてら成功で、あれは駄目、というのでないのです。ふと、この聖書を箇所を読みながら思い出したことがありました、それは、以前にいたオンヌリ教会の副教職者たちが、部署移動をするたびに、違う奉仕をしても祝福される、違う、知らないことをしても、消化して、自分のものとして、立派な奉仕をすることでした。私はどうでしょうか?どうだったでしょうか?難しいと思い中で、主の言葉を昼も夜もmEDIATEすることを思いました、祝福の権利は私にありません、主の中にあります。今日、2015年に向けて聖書を黙想し、献身してきたい、と思います、み言葉を通して、悔い改め、主に従って生きます。聖書通読、学び、QT,更にしていきます。
 

Sunday, December 28, 2014

今日の3つの感謝、①2014年まとめを礼拝をささげたこと、②礼拝の後にともにQTをしたこと、③いつも感謝なブランドンの中華まんの差し入れ、礼拝の後の間食でみなで食べました。中華マンだけどKOREAN TOWNで買って来てくれました、いつもありがとう!
 

同労者の名前のリストをあげてみよ(コロサイ人の手紙4;10-18)

同労者の名前のリストをあげてみよ(コロサイ人の手紙4;10-18)「私と一緒に囚人となっているアリスタルコが、あなたがたによろしくと言っています。バルナバのいとこであるマルコも同じです。この人について、もし彼があなたがたのところに行ったら、歓迎するようにという指示をあなたがたは受けています」今日のコロサイ人への手紙の最後の挨拶では、多くの聖徒の紹介、あいさつをします。①ARISTARCHUS,②MARK,③ユスト、④EPAHRAS,⑤LUKE,⑥デマス、⑦ラオデキヤの兄弟たち、⑧NYMPHA,⑨ARCHIPPUS,などです、それぞれに個性のある人々が登場し、いろんな背景、奉仕、違いがあります。そのようなリストを見ながら、このような教会の兄弟姉妹、家族、奉仕者、同労者、がでてきます、イエスのために囚人になったパウロ、そのパウロとともに牢獄に行ったアリスタルコ、そして使徒行伝で第一次宣教旅行で途中で帰ったマルコ、しかし、今日のコロサイ教会への手紙を書いた時には(AD61年ごろ?)和解し、回復していたことが分かります。またコロサイ教会を開拓したEPAH...RASは、使徒パウロとともにいて教会に挨拶します、また、後で世を愛して離れて行ったデマスもいます。ラオデキヤの教会のほうには、家の教会をしていたNYMPHAという女性も出てきます、まさに、一人ひとりが教会であったのだな、と思います、教会は建物でなくて、人なのだと思います。私はこのような人々のリストを持っているでしょうか?それぞれ違うけど、主にある会いたい人、呼びたい名前を持っているでしょうか?そういう人が出会ったかもしれません、でも育て行った人もいると思います、その中でパウロも育っていったと思います。EPAHRASは、コロサイの人々が完全な人になり、神の全ての心を確信するように、祈りに励んでいます(英語じゃ、HE IS ALWAYS WRESTLING In PRAYER)とあります!すごいですね、今日、主にある兄弟、姉妹のリストを育てていきます。また、主にある心を持っていく羊飼いの心を持ちます。また、祈りを持って格闘していきます。
 

Saturday, December 27, 2014

年末に向けて感謝、①金ジュファン牧師の一言、主に預けられたことに忠実であれ、感謝します。②今日は風邪で調子悪いですが、起こしてくださる主に感謝!③韓国のめいご(家内の)の中学生かつ守られていることに感謝、プレゼントも行くからね、楽しみに

祈りって具体的だ!(コロサイの人への手紙4;1-9)

祈りって具体的だ!(コロサイの人への手紙4;1-9)2節「DEVOTE YOURSELVES TO PRAYER,BEING WATCHFUL AND THANKFUL」今日のQT箇所のKEYは、ここだと思いました!パウロは全ての機会を十分に用いて預言されたイエスを、MYSTERY OF CHRISTを語れるように祈って欲しい、と祈りのリクエストをします。それは、注意深く(目を覚まして)感謝を持って、祈りにあなた自身をささげよと言われることです。祈りは、抽象的でありません、具体的で、IDEAにあふれ、目覚めています、現実的です、時々、祈りって具体的でないような、現実から逃げて、非効率的でないような、誤解があります、決してそうではありません。祈りはクリスチャンにとって神様との会話であり、呼吸です。主イエスがそうされました。使徒パウロは、コロサイ教会の祈りのリクエスト、祈りの生活に自分をささげるように、すすめ、自分たちのDEAR BROTHERである、FATITHFUL MINISTERである、TYCHICUSとONESIMUSを紹介し、パウロのミニストリー、主にある生活を報告し、すべてを話すと言われます。今朝、①何かする前に祈りを持って具体的に祈り、奉仕します。②主にある兄弟、同労者を育てていきます、その特徴はFAITHFULです、能力から、賜物から先ではありません。しんじれる、人かどうかです?それは、主にある交わりから生まれます、育てられます、出会いが与えられます。主にある同労者、兄弟を持って生きます。

Friday, December 26, 2014

クリスマス終わっての感謝、①クリスマス終わっての教会の後片付け、教会はごみいっぱいなので、ごみを処理しました。たいしたこと無いですけどね、感謝!②クリスマスの時間、教会で過ごせたこと、家族で過ごすことも大事だけど、教会の家族と過ごすことすごく大事です!、③集まるって本当に大事ですね、感謝して今日過ごします。(写真はベンジャミンフランクリンが座ったと言う礼拝堂の席。本当かな?)
 

イエスの救いを受けた者としてどのように生きるのか?(コロサイ人の手紙3;18-25)

イエスの救いを受けた者としてどのように生きるのか?(コロサイ人の手紙3;18-25)「奴隷たちよ、すべてのことについて、地上の主人に従いなさい、人のご機嫌とりのような、うわべだけの仕え方でなくて、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい」22節、主イエスは言われます、YOUR EARTHLY MASTERS In EVERYTHINGと!イエスの救いを受けた人が、クリスチャンがどのように生きるのか?それは、仕える人生です。特に、今日の聖書箇所は、リビングライフの題目でもあるように「日常の姿霊性が現れます」ということを教えてくれます、妻にSUBMIT(この単語ですよ!うわ~)と語り、夫に愛しなさい、と語り、子供にOBEY,父にはDO NOT EMBITTERと語った後で、SLAVESに語ります。これらは、衝撃的なことでないでしょうか?今の時代に合わないよ、文化が違うよ、と言いそうにならないでしょうか、そうならない理由は、主イエスが仕えてくださったからです、主イエスが卑しくなってくださったからです、主イエスが奴隷の仕事を、それも異邦人の奴隷がすることを、私にしてくださったからです!!!ありえん、です!!!、なぜ、クリスチャンは仕えるのか?それは、主イエスが33年の生涯が仕える人生であり、神様の子が奴隷として、私に、私たちにつかえてくださり、十字架にまでかかってくださったからです、その報いがあること、それは自分の人生に、人格に、心に、来ます、もちろん、報いもあるし、究極の報いである天国の報いもあります。しかし、今私は神様の国を地上でMASTERに仕えながら、LORDなるイエスに仕えているのです、神様の国を既に相続しながら生きています、今日、主に仕えるように仕えます(適用も書きたいのですが、FBなので家族に怒られるので、良いことでも書かないで、ということなのでまた)

Thursday, December 25, 2014

メリークリスマス!収穫感謝から今日まで一日に3つの感謝を続けました、①私のために地に来られたイエスを感謝します、②イエスを礼拝できることを感謝します。③こんな小さい私のささげものを喜んでくださるイエスに感謝します、クリスマスの主人公イエスを賛美します。
 

私の目は主イエスの救いを見たか?イエスを礼拝しに行っているか?!(ルカ2章22-28節)

私の目は主イエスの救いを見たか?イエスを礼拝しに行っているか?!(ルカ2章22-28節)「さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちた時に、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムに連れて行った。」22節、イエスの地上で任せられた両親であるヨセフとマリヤは、自分たちの町ナザレから、わざわざイエスをささげるために、エルサレムに礼拝に行きました。彼らは貧しく、大変な状況でした、なぜなら「山鳩ひとつがい、または家鳩のひな二羽」をささげる(LEV12;8)のような状態だからです、ここから学ぶべき教訓は、①貧しい、余裕がないからでなくて、主にしたがう心があるのかどうか?ということです。また、彼らは、②主の言葉どおりにしました、主の律法のとおり(23,24節)にしました、妥協せずに、自分勝手な解釈をせずに、メシアであるイエスご自身なのに、神様の言葉どおりにしたのです、そのように、聖書の言葉通りに生きているでしょうか?③それは、主が私に、私の人生を、時間を、全てを与えてくださった、という告白があるかどうかです。次に、シメオンという人がでてきます。彼の紹...介は「正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた」25節、④このように紹介される人生を生きているでしょうか?正しい、敬虔、イスラエルの慰められることを待ち望み、(自分のためだけでなくて、救いのために、人々のために願う、生きる人でしょうか?!)また、シメオンについては、「聖霊に」ということばが3回も出てきます(25,26,27節)(1)聖霊に満たされて人生を生きて、(2)聖霊により神様の言葉をもらって、約束を受けて、(3)聖霊に導かれて生きているでしょうか?その時に、イエスの救いを見ました、多くの人々がいる神殿でイエスを見抜くことができたのは、このシメオンでした、宗教学者でなかったのです。神様の約束を受けて、成就を見て、主を賛美しましたのです。また、シメオンはアンナにイエスを紹介します(36-39節)アンナも主人をなくして、神様に多くの人生、時間を、祈りと断食を持ってささげた人生を生きた人でした。主人を亡くして一番慰めて欲しいはずの女性が、エルサレムの慰めを待ち望む人々にイエスを伝えました、イエスに出会った人は、イエスの救いを賛美し、伝えずに、いれません!自分のであったイエスを伝えずにいれません!今日、心からメリークリスマス!をささげます、ともに肉の家族でなくて、霊の家族とともにクリスマス礼拝をささげることを心から感謝します、主に感謝します。今日、出会う人に主の救いを伝え、証します、また、礼拝をささげます。
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Wednesday, December 24, 2014

All Hail-Crown Him. Tommy Walker (Generation Hymns)



これ、めっちゃよすぎる!!!!王冠を東方の博士のように主イエスにささげます、
今日の3つの感謝、①昨日、4年祈っていた祈祷課題が答えられました、礼拝の部屋にいって、父なる神様、感謝します!THANK YOU JESUS,と叫んで感謝しました、嬉しすぎる!!!最高のクリスマスプレゼントかも!!!、実は、難しいことがあって今までよりハードルが2-3倍高いんですけど、こえろ!ということですね、②感謝します、と言ったら、その後に来ました!感謝、ハレルヤ!③祈ってた人にしかわからないことがあります、感謝!うちのリーダーしてたKさんは少し知ってます。ハレルヤ!サンキュージーザス!!!

神様の計画にBESTで反応せよ(マタイの福音書1;18-25)

神様の計画にBESTで反応せよ(マタイの福音書1;18-25)「イエス・キリストの誕生は次のようであった、その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、聖霊により身重になったことがわかった」18節、人の前には分からないことがあります。神様の救いの計画なのに、預言者の言われたことが全部成就するためであったのに、このことへの最初のヨセフの反応は、19節「WAS FAITHFUL TOTHE LAW」であったヨセフは、マリヤを内密にDIVORCEしようとします(ユダヤでは婚約は結婚と同じです)しかし、そこに主の使いが現れ「JOSEPH SON OF DAVID, DO NOT AFRAID TO TAKE MARY HOME AS YOUR WIFE,BECAUSE WHAT IS CONCEIVED In HER IS FROM THE HOLY SPIRIT」20節言われます、彼は、23節「眠りから覚め、主の使いに命じられた」とおりにします、主の計画はWONDERFULLです、神様の預言の成就は(イザヤ7;14)は数百年をこえてなされました、神様はご自分の性質にかけて誠実なお方です。約束を守る方です、問題は、いつも人間が約束を守れない、従えない、信じれない、もしくはまてない!これいちばん難しいですよね!!!私も、です。今日、主の救いの計画が分からなくても、①神様が神様の心を語ったなら、②恐れません、③信じ、従います。④神様の人類の最善、最高の計画に、ヨセフが呼ばれたように、選ばれたように、自分が呼ばれたところで、選ばれたところで、最善で、最高で応えます。このクリスマス、神様の最善の計画であるイエスを伝えます。
 

Tuesday, December 23, 2014

昨日の感謝、①ボーリングはじめてアメリカで行きました、②クリスマス前のアドベントの礼拝を感謝、③また、今朝トイレの整理を(今朝は整理だけですみました)しました、これも感謝でしょ!
今朝の感謝、①祈りの時間素晴らしいです、感謝、②日曜日以外にも礼拝できること、③クリスマスを前にしてアドベントの聖書箇所を読める、これはしないと分からない!THANK YOU JESUS!
 

「あなたはもってる」

「あなたはもってる」と主は言われる(ミカ5;2-9)2節「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で最も小さいものであるが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである」あなたが、最も小さいものだとしても、人から相手にされない、無視されるように感じても、主があなたに働かれるなら、主の計画があるなら、期待せよ、あなたを通してどんな大きなことを、偉大なことを、信じられない素晴らしいことをされるのか?分からないのだから!と言われます、期待しているでしょうか?それとも、投げ出したい、止めたい気持ちになっていないでしょうか?!主は7節「そのとき、ヤコブの残り者は、多くの国々の民のただ中で主から下りる露、青草に降り注ぐ夕立のようだ。彼らに人に望みをおかず、人の子らに期待をかけない」ヤコブの残りの子らとは、神様の選ばれた信仰の人々です。神様を信じて、祝福と契約をもらって生きる人々です。この預言者ミカの時代に、主の約束、計画を信じて、残された、異邦人に(神様を信じない、神様の権力を信じない人々に)IMPACTを、影響を、祝福を与える人々です。こんな人がいたのか?!と思わせる人々です。4節「彼は立って、主の力と、彼の神、主の御名の威光によって群れを飼い、彼らは安らかに住まう、いまや、彼の威力が地の果てにまで及ぶからだ」主の働かれること、主の力、そして主の時が重要です。そのときまで、期待して、主にある自尊心を持って、歩みます、主イエス・キリストの希望を伝えます。

Monday, December 22, 2014

アドベントメッセージ ルカの福音書2章22,25-38節 贖いを待ち望む人の特徴 ジュビリー教会  Jubilee ch 北野実牧師



22. さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った。25. そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。26. また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。
27. 彼が御霊に感じて宮にはいると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、はいって来た。28. すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。29. 「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。30. 私の目があなたの御救いを見たからです。31. 御救いはあなたが万民の前に備えられたもので、32. 異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です。」33. 父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。34. また、シメオンは両親を祝福し、母マリヤに言った。「ご覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人が倒れ、また、立ち上がるために定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。35. 剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現われるためです。」36. また、アセル族のパヌエルの娘で女預言者のアンナという人がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代のあと七年間、夫とともに住み、37. その後やもめになり、八十四歳になっていた。そして宮を離れず、夜も昼も、断食と祈りをもって神に仕えていた。38. ちょうどこのとき、彼女もそこにいて、神に感謝をささげ、そして、エルサレムの贖いを待ち望んでいるすべての人々に、この幼子のことを語った。

地上に生きていても天国民(コロサイ人の手紙3;1-11)

地上に生きていても天国民(コロサイ人の手紙3;1-11)1節「こういうわけで、もしあなたがたが、キリストとともによみがえさせられたのなら、上にあるもの求めなさい。そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます」クリスチャンは、地上に生きていても、天国民です。天国の価値観で、キリストの価値観で生きます。その適用が、5節「不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです」偶像礼拝とは、神様以外のものを神と同じポジションに持ってくることです。自分の欲心が偶像になることがありえます。8節「怒り、憤り、悪意、そしり、あなたがたの口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい」これを聞いて刺されない人がいるでしょうか?僕はさされます。聖書は言います、「あなたがたは古い人をその行いと一緒に脱ぎ捨てて」9節、「新しい人を来たのです」10節、新しい人は造り主の形に似せて」とあります、私たちは、地上で生きていても、新しい人です、古い人は脱ぎ捨てた(過去形)のです。完全にBRAND NEWな存在なのです。今日、天国民としていきます。

天国民の特徴は?!積極的な意味での(コロサイ人の手紙3章12-17節)

天国民の特徴は?!(コロサイ人の手紙3章12-17節)15節、「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい、そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです、また、感謝の心を持つようになりなさい。」古い人を脱ぎ捨てた(9節、行いとともに)新しい人の特徴は、①主イエスが私の主人であることです。13節「主があなた方をゆるして下さった様に、あなたがたもそうしなさい」許しの根源は、理由は、その力は神様から来ます。主なる神様のゆるしから来ます。私の救いは、主イエスにあります。そして、イエスは私の主です、そこから全てがスタートします。2番目に天国民の特徴は、ONE BODYにあります、一つの体として、共同体に呼ばれたことです、クリスチャンは、基督教大に呼ばれたのです。個人だけの信仰生活でありません。でてくるのは、12節「深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容」をCLOTHE YOURSELFと、積極的なメッセージが来ます。また、13節「互いに忍びあい」14節「そして、これらすべての上に、愛をつけなさい~」とすすめます、そして、コロサイ人の手紙の中で一番「感謝」ということが一番多くで来るのがこの3章であり、今日のQTです!3回出来ています。しかし、そのためには「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい、~」16節「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに住まわせ~」とあります、今朝、今年、クリスマス、来年に向けて「キリストの言葉、英語ではMESSAGE OF CHRIST DWELL」とあります。キリストのメッセージ、愛と許しを豊かに住まわせるミニストリーをします。
 

Saturday, December 20, 2014

今朝の感謝、①クリスマスを前にしてJESUSに感謝、②今週まで朝の祈祷会守られています、朝4時半出てます、③SJMでの恵み、交わりに感謝
 

成長する教会に押し寄せる人間主義(コロサイ人への手紙2;16-23)

成長する教会に押し寄せる人間主義(コロサイ人への手紙2;16-23)16節「こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは祭りや新月や安息日のことについて、誰にもあなたがたを批評させてはいけません」成長するコロサイ教会に、押し寄せたのはユダヤ主義、律法を行うことで、救いを、クリスチャン生活をちゃんとしている、そうでないと駄目だ!という強要、宗教生活へだんだん、ずらせていく攻撃、誘惑でした。トルコにあるコロサイ教会に(ラオデキヤに近いのかな?)異邦人クリスチャンに、ユダヤ主義が迫っていました。パウロは言います。「これらは、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのです」17節、ホンモノは、本質につながります、宗教は形にこだわります(本質で勝負できないからです、ホンモノの自由でないです)キリストにつながることふが大事です。19節「かしらと堅く結ぶつくことをしません」そこには、自己中心、人間中心があります、キリスト中心でありません。もちろん、影と言ってもキリストの形を予表しているものですから悪いもののはずがありません。しかし、既にキリスト...が来られたのに、そのキリストのために救いが完成したのに、あなたがたの信仰生活を文句言われたり、批評させていはいけない、というのです。そうでないから、自己卑下したりみ使い礼拝(18節)とか、でてくるのです。後半には、「人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜~」23節がでてきます、律法主義も自由主義も根は同じです、人間中心だということです。救いはキリストによってのみなされたことなのに、完全にキリスト中心、神様中心に頼って信仰を持って受け止めるだけなのに、外れてくるのです。今朝、思わされたことは①「律法主義」のように、こうしないといけない、ああでないと駄目、に陥っていないか?②逆に、「人間の好き勝手な礼拝」にならないように、と思わされました。教会の奉仕をした長くなると、これじゃないと、と硬くなります。また、逆に、好き勝手な礼拝、これきついですよね!の誘惑もこの国ではあります。今日、主イエスにつながる人生、信仰、奉仕をしていきます、きょうの奉仕、出会い、交わりに主が自由を与えてくださいますように
 

Friday, December 19, 2014

今日の感謝、①雨に感謝、②13週続いた聖書研究、今日で修了、守ってくださった神様、教えてくださった先生に感謝!!!③クリスマスの準備中、いろいろ忙しいですけど、奉仕できること感謝!
今日の感謝、①OVERFLOWING WITH THANKFULNESSあふれる感謝をささげます、②今日は教会のトイレを少し掃除しました(入った瞬間に、うわーと思う状態に遭遇!)掃除をする状況に私を送られた主に感謝、③暖かく早朝祈祷会できるようにしてくれるKOREAN CHに感謝!素晴らしい一日を
 

In CHRISTになると自由だ!(コロサイ人への手紙2;8-15)

In CHRISTになると自由だ!(コロサイ人への手紙2;8-15)8節「あのむなしい、だましごとの哲学によって誰のとりこにならないように、注意しなさい~」9節「キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとっています」偽物や、宗教をする人は形にこだわります、いや形が悪いのでなくて、形だけにこだわるのが違う!ということなのです。本質で勝負しろ、!ということです。本質は、キリストの中にあるFULLNESSなる神様の性質です、その方とコミュニュケーションすればするほど、神様に似ていきます、神様の性質が私のものとなります。この世の中は、あれが足りない、これが困った、なのに、神様は満ち満ちているのです。どうして、ずれるのでしょうか?使徒パウロはもう一度、福音のメッセージをして再確認します。12節「あなたがたは、バプテスマによってキリストとともに葬られ、またキリストを死者の中かたよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、キリストともによみがえさせられたのです」①過去は、私はキリストともに罪に死に、②現在の状況(現在進行形は)キリストを死者の中から復活させたことで、私も復活しているのです(している!です)③方法は、神様を信じる信仰によってです、割礼を受ける受けないでありません(11ー15節)では、私はどう生きたらいいのでしょうか?新しい人として、新しく創造された人として、生きるべきです、しゅっちゅう過去へ引き戻そうとする力、過去の習慣、性質から抜け出せない、ものから、未だ不足だ、足りないと人間の力に頼ろうとするものから、神様にだけ頼る、人生、主の見た死を求める人生に行かないといけません。キリストにあるとき本当に自由な宗教生活?(信仰生活)になります、こんな楽しいことはありません!あれ、しないと駄目でなくて、主のために自ら生きる人生になります、ただキリストにだけ栄光をささげます。
 

Thursday, December 18, 2014

会ったことも無い人を御霊によって神様の心を伝えるパウロ(コロサイ2;1-7)

会ったことも無い人を御霊によって牧会するパウロ(コロサイ2;1-7)1節後半から「私がどんなに苦闘しているか、知ってほしいと思います。それは、この人たちが心に励ましを受け、愛によって結び合わされ、理解をもって豊かなまったき確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです」使徒パウロは、会ったことも無い、聞いただけの現在のトルコにあるコロサイ教会、ラオデキヤ教会、その他の人々のために祈り、LETTERを通して牧会します。コロサイの人への手紙を読みながら「すごいなあ」と思ったのは『会ったことの無い人々のために」祈れることです、それは、5節「I AM ABSENT FROM YOU In BODY,I AM PRESENT WITH YOU InSPIRIT]という根拠があります、どれだけ聖霊に満たされて牧会しないといけないことでしょう!パウロは、①励ましうけ、②UNITED IN LOVE,③理解をもって豊かな全き確信に立ち、④MYSTERY OF GOD,NAMEELY CHRISTを知ることを願います。何故、知って欲しいのでしょうか?4節「誰もまことしやかな議論によって、あなたがたをあやまちに導くことの無い様に」です。6節「主イエスにあって歩むこと」CONTINUEを願います、救われて終わりでなくて、!今日主にあってROOT UP,BULIT UPするために、仕えます。バイスタ、QT,奉仕、クリスチャン生活、励まし、愛しあう、主イエスに立て上げられるように仕えます。
 

Wednesday, December 17, 2014

MYSTERYが明らかになると、(コロサイ人への手紙1;21-29)

MYSTERYが明らかになると、(コロサイ人への手紙1;21-29)22節「今は神は、御子の肉の体において、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、避難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした」神様の奥義が(MYSTERY)明らかにされました、それは、①イエス。キリストは現実にPHYSICAL BODYをもって、地上で生きてくださいました、ずるをしなかったのです。②イエス・キリストは十字架の死を持って(実際に、遠くで見ておられたのでなくて、現実に死なれたのです!)③神様と和解させてくださいました、これがクリスチャンの現住所です、アインデンティです、④以前は心の中で敵であった、EVIL BEHAVIORをしていたものが、ゆるされる、和解することありえないことです!!!⑤神様は私たちを聖く、、傷のない、非難されるところのない者として、イエスの肉体と死を持ってしてくださいました。使徒パウロは、その福音の望みから外れないように、しっかりとして土台の上に堅くたってと進めます。信...仰に踏みとどまるように、23節、と言います。神様の奥義を聞いて、そこに生きると、人生の目標、生き方が変わります。究極の目標は、神様のしもべになることです。神様のみ言葉を教え、分かち合いたいようになります。それは、神様の人がFULLY MATUREしていくためです。また、そのために成熟した人は神様に、人に仕えるようになります、これが、大きな変化です。そして、そのために苦しみや苦労をともに知ることを、痛みを受けること喜びとします。キリストの苦しみの欠けた所を私の体(FLESH)で満たしていこうとします、教会(クリスチャンの集まり)のために、受ける苦しみが喜びになります、それは、労苦があります、ストレスがあります、人が成長する、変わることは大変なことです。今日l、、主の兄弟姉妹の成長のために、仕え、神様の言葉を教えます。また、キリストのために苦しみを共にすることを喜びます。人生は成功、光栄を求めます、しかし、主イエスの奥義を知った人は、苦しみを受けること通して、キリストの苦しみの欠けた所を満たしたい、と思います、自分もその端くれとして使えます、「私もまた、自分のうちに力強く働くキリストの力によって、’労苦しながら奮闘します」29節、信じて歩みます。
 

Tuesday, December 16, 2014

キリスト論を知る意味、有意義(コロサイ人の手紙1;9-20)

キリスト論を知る意味、有意義(コロサイ人の手紙1;9-20)人は何か、自分に有意義なことがあると一生懸命になります。では、クリスチャンにとって有意義なことは何でしょうか?今日のコロサイ人の手紙から学んでみましょう。①使徒パウロは、会った事の無いコロサイのクリスチャンにために祈っていることをSTOPしたことがない、と言います。9節。クリスチャンにとって祈りは呼吸です、やめると生きていけないものです、霊的な呼吸です、祈りを止めると死んでしまうことです。普通、会った事のない人のために祈るのは難しいことです、なぜ、祈り続けれたのでしょう?②神様を知る知識、理解することができるように祈ります、神様の心を知れるように、と祈ります。それは、感情的な部分、霊的な高揚のみならず、人間の知識も理解力も持って神様を知れるように祈り願います。神様に祈る人は、愛します、少しでも良いものを得て欲しい、分かち合うことを惜しみません。③神様を知ることは、主にかなったEVERY WAYを歩む時に、生き方を通して、A;人生の実を結び、B:神様を知っていくことになります。④それは、HIS HOLY PEOPLEのみ、だけ受けれる相続出来る有意義です。クリスチャンになって救われて終わりでありません、祈りは一度で終わるのでありません、クリスチャンとしての大きな祝福、恵みが人生の中で待っています、それを味わったパウロは、それを知って欲しい、心から分かち合いたくてたまりません、⑤クリスチャンの現住所は、暗闇の圧制から救われてREDEMPTIONを受けたもの、つまり罪ををゆるされたものです、13-14節、⑥キリストによって万物は創造されました、16節⑦なぜなら、キリストは万物よりも先に生まれた方だからです、15節、⑧万物はキリストにあって成り立っています17節。⑨万物はキリストのために創造されたのです。16節、⑩キリストの中に神様の性質がすべてあります、キリストを知ることは神様を知ることです。19節、⑪キリストは十字架によって、天地のもの全てを和解させてくださいました。20節、⑫キリストは教会のかしらであり、最初に死から生まれてくださった方です、18節、⑬キリストが第一のものです、18節、SUPERMACY「至高,至上; 最高位; 優越性 」です。⑭その方を、キリストを第一するときに私たちの人生の優先順位が決まり、自分の生きるべき人生が決まっていきます。神様の民が、神様によって清められた民の受けるべき相続を神様を知りながら、人生の中で味わうことができます、これを逃していいのでしょうか?!今日、主を知っていくこと、そのために教会の人々、まだ知らない方々のためにとりなし、祈り、仕えていきます。