Tuesday, July 5, 2016

嫌われることをわかっていても、主のためにかってでるネヘミヤ(ネヘミヤ13;15-22)

ネヘミヤ13;15-22
13:17 そこでユダのおもだったたちを詰問してった。「あなたがたはなぜこのような悪事いて安息日しているのか
13:21 そこで、私らをとがめてった。「なぜあなたがたは、城壁ごすのか。再びそうするなら、私はあなたがたに。」そのから、彼らはもう、安息日にはなくなった
安息日に商売をしている人がみつかります、そこをネヘミヤは、詰問して商売をして、神様以外のことに主の日を使うことを禁じます。それは、聖書からの教えでした。また、そのために商売をしている人を止めるために、門を閉じさせます。安息日に商売ができないようにします。それでも、エルサレムの外で世を過ごす商人たちに、ネヘミヤは「再びそうするなら、手をくだす」といいます。ネヘミヤのすることは「嫌われること、ぶつかること」です。しかし、神様のみ言葉に反すること、罪を犯すこと、神様の前に悪を犯すことに徹底的に戦います。決して、簡単なことでありません。私たちは人とぶつかることを恐れて、いわないといけないことを黙っていることがないでしょうか。また、陰で言って、実際に言わないこと、行わないことがないでしょうか。ネヘミヤの行動は、愛のない行動でありません。警告を与えて、詰問し、実際に商売をできないようにしたのに、それでも、従わない人に警告したのです。今日、いやなこと、言いたくないことを、話す、こと、行なうことを祈ります。私のいえない性格、ぶつかるのを避ける、をおいて主の前に、使えていきます。

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