Thursday, January 18, 2018

収穫を期待して使えよ(第一コリント人の手紙9章1-12せつ)

9:9 モーセの律法には、「穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。」と書いてあります。いったい神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。9:10 それとも、もっぱら私たちのために、こう言っておられるのでしょうか。むろん、私たちのためにこう書いてあるのです。なぜなら、耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分配を受ける望みを持って仕事をするのは当然だからです。9:11 もし私たちが、あなたがたに御霊のものを蒔いたのであれば、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは行き過ぎでしょうか。9:12 もし、ほかの人々が、あなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちはなおさらその権利を用いてよいはずではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。かえって、すべてのことについて耐え忍んでいます。それは、キリストの福音に少しの妨げも与えまいとしてなのです。
パウロは、使徒としての権利をおいても、コリント教会に自費で使える宣教師として、テントメーカーとして使えました。彼らの救いのために、福音に妨げになってはいけない、というためにです、主にある愛のためにです。ここしばらく自分の経済的なことを振り返りました、今日のみ言葉を読みながら感謝が出てきました。大変だな、という思いよりも、主の満たし、恵みにまず感謝すべきだと思いました。今日、主の収穫を期待しながら使えていきます。

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