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Friday, December 12, 2014
神様の預言者は石を投げられてもキツイことを言う(哀歌4;11-22)
神様の預言者は石を投げられてもキツイことを言う(哀歌4;11-22)11節「主は憤りを尽くして燃える怒りを注ぎだし、シオンに火をつけられたので、日はその礎までも焼き尽くした」主なる神様は、どういう方か?罪をこれっぽっちも受け入れられない方です、少しくらい、仕方がない、はこの方にありません。憤り(EMOTIONをもたれ、)を尽くして(尽くして!です、こんなことに尽くされたくない?!)神様は善なる方であり、罪を怒りをもって裁かれる方です!このような方が罪を許されるとはどういうことでしょう?!イエス・キリストの十字架なしにはありないことです、燃える怒りを代わりに背負ってくださったのです!ハレルヤ、感謝します、さて、今日の大事なメッセージは「これは、預言者たちの罪、祭司たちの咎のためです、彼らがその町のただ中で正しい人の血を流したからである」13節、宗教人、または聖職者(決して宗教人と必ずしもイコールでありません)たちが、正しく神様の教えを伝えなかったり、言わなかったり、妥協したり、人間関係を恐れて、言うべきことを言えない、黙ったり、ひどいのは神様の教えをまげて、耳障りの良い話だけをしたことであり、一番きついことは、自分が神様の教えに生きていないことです。果たして、私はどうでしょうか?エレミヤは石が飛んできても、神様の裁き、懲らしめのメッセージをストレートに語りました。歓迎されるべきなのに、彼を待っていたのは迫害でした、穴に落とされたわけです(3;55)、エレミヤのようにストレートに神様の懲らしめ、回復を信じてその日のために福音を語っているでしょうか?宗教学者たちは、ひどいことに「正しい人の血を流しました」それは、自分の権威、ポジション、人気とられることを恐れたからです。一番恐れるべき永遠の世界、神様を恐れずに、目の前に現実だけを恐れたのです、その結果は、このBC6-7世紀のエルサレム陥落、捕囚、そしてエドムが上手く成功するように思えますが(聖書って面白い!)AD70年のエルサレム崩壊、全世界へのディアスポラとなります、今日、主の懲らしめの中、回復を信じ、エレミヤの祈りをします、凝らしめをとおして回復される神様の民、クリスチャンの人生を行き、教えていきます。
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