神様が高めることを認めないと大変なことになる!(1KINGS1;1-10)今日の聖書箇所は、1節『ダビデが年を重ねて老人になっていた。それで夜着をいくら着せても暖まらなかった』という自分の体を治めること、王としてRETIREMENTするときが来た、というエピローグから始まります、NEXT GENERATIONの王を立てるときが来た、ということです。今回は①ダビデ王のために彼の家来たちが美しい娘を与え世話をするようになった、しかし、王は彼女を知ろうとしなかった、とあります。多くの王が年老いてから若い側室のために失敗をし、混乱を起こしますが、ダビデは二度も異性関係で間違いや失敗を犯しませんでした。その中で、ハギテの子アドニヤは自ら王になろうとします。旧約聖書の世界では、特にイスラエルには、神様の国として、主なる神ご自身が王を立てるものでした。ここに危機が迫っていました。彼は6節『あなたはどうしてこんなことをしたのか』と言って、彼のことで心を痛めたことがなかった、そのうえ、彼は非常な美男子で、』という優等生で、失敗の無い人生でした。しかし、それはもしかして、彼の義を立て、自分の力でおうになろうとしました。もしかしたら、彼の優等生の仮面には、影に隠された野望が長く隠されたのかもしれません。②神様が立てることを認めることが出来ないのなら、それは大変なことになります。主のおかれたポジションで輝かないのなら、惨めな滅亡を歩みます。③自分の力で人を集めようとする時に、逆に主の計画急がせ、主の栄光を輝かせ、自分が悪に用いられることになります、今朝、主の計画、主に立てられる人生を歩んでいきます、いや、聖書って本当に読めば読むほど面白いです!最高!!!
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