イースターは、わたしを『急いで走らせる』(マタイの福音書28章1-10)イエスの復活を信じていなかったマクダラのマリヤと他のマリヤたちは、明け方にイエスの墓に行きました(でも、人間的だけど本当にイエスを愛している姿でもありますね)。そこで、天使が降りて、墓の石を取り除けます。そして『前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て収めた場所をごらんなさい』6節、『ですから、急いで行って、お弟子たちにこのことを知らせない。イエスが死人の中からよみがえられたこと、そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれ、あなたがたはそこ、お会いできる、ということです。では、これだけはお伝えしました』イエスが復活される、’と旧約聖書にも、イエスの預言にもされていましたが、女性たちも、弟子たちも信じていることが出来ませんでした、期待していることが出来ませんでした。しかし、現実にイエスが復活されたことを知り、彼女たちは『そこで、彼女たちは恐ろしくはあったが、大喜びで、急いで墓を離れ、弟子たちに知らせに走って行った』8節、イエスの復活を聞いて、知って、じっとしているのは逆におかしいことです、こんなにエキサイトなことは、歴史上、わたしの人生に無いのに、だまって、座り込んでいることが難しいはずです、ゆっくり、話しに行くのも違う話です、叫び、急いで伝えずに、入れません、歩いてでなくて、走って伝えに生かせます。イースターは、イエスを伝えに走らせます。人々に叫びに、宣布しに生かせます。今日、主イエスの復活を叫びます。
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