Friday, January 16, 2015

良くなりたいか!?(ヨハネの福音書5;1-9)

良くなりたいか!?(ヨハネの福音書5;1-9)べテスダの池で、天使が池をかき回すときに、最初に入ったもののが癒されることを信じて、待っている人々たちがいました。そこは、絶望の中で、いつ来るのか分からないことを待ちながら、それでも直されたい、という最後の漠然として希望を持っている人々外ましや。そこには、38年間病気でふせっている人がいました。イエスは6節「イエスが彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことを知って、彼に言われた。『良くなりたいか』当たり前のことに聞こえますが、絶望の時間が長ければ長いほど、体だけでなくて、心が病んでいきます、絶望という病気に、もう直らない、もう私の人生はすでに終わった、とマイナスだけで、自分を閉じ込めます。だからこそ、イエスは大事な質問をされたのです。38年と言えば、子供の頃に病気であっても、年齢は中年でしょうし、人生の大部分になります。大人の時なら、すでに既存世代になっているでしょう。もはや、すでに時間が過ぎ去った、と思うかもしれません。この人はストレートに答えずに、7節「自分を池の中に入れてくれる人がいません...」と言います、天使よりすごい「主」なるイエスのなのに、!イエスは言われます。「起きて、床を取り上げて歩け!」と癒されました。今朝、主イエスは私に(私たちに)言われます、GET UP! PICK UP YOUR MATT AND WALK!私の過去の挫折、経験、失敗、傷、いたみ、人間関係の難しさ、ミニストリー、なかなか動かないように見えてしまう(錯覚ですが!)祈りの課題、早く答えられない、ことに自分を閉じ込めていないでしょうか?リバイバルできない、難しい、といい訳を造ってしまわないでしょうか?主は偉大な方です、主がされます、主がリバイバルを起こされます。主が奇跡をされます、主イエスは言われます、立ち上がれ!と!過去を置いて、片付けろ!と。自分の痛みの中に留まらず、主イエスの癒し、回復、奇跡、栄光の中に進みます 、主のリバイバル、贈ってくださる人々に期待して歩みます。
 

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