Wednesday, July 3, 2013

宣教すると、神様はどんなお方か体験する

使徒行伝10章34節「そこでペテロは,口を開いてこういった. 「これで 私は, はっきりわかりました.神はかたよったことをなさらず, 」35節「どの国の人であっても,神を恐れかしこみ,正義を行なう人なら,神に受け入れられるのです. 」 36節「 神は イエス · キリスト によって,平和を宣べ伝え, イスラエルの子孫にみことばをお 送りになりました. このイエス · キリストはすべての人の主です。
ペテロは言います、「はっきり分かりました」と。ペテロにとって大宣教命令をもらっていても、異邦人伝道は遠い道でした、彼の偏見がありました。しかし、イエスの事を伝える中で(伝えさせられる?!)神様がどのような方であるのか?はっきり分かったのです。彼にとってはイスラエルの神様であったのが、①偏ったことをしない(人と違う、民族優位主義でない)、②すべの主である、③神を恐れ、かしこみ、正義を行う人を受け入れる(逆に言えば、そうでないならイスラエル人でも受け入れない、と言うことです)、④イエス・キリストを送られる(人を送るのは犠牲です、愛があるからです),⑤平和を宣べ伝える、⑥御言葉を教える、⑦イエスに聖霊と力を送り、A良いわざ、B癒し、C悪霊からの自由を与えられました。果たして、私はどれほどイエスを知っているのでしょうか?宣教する中で、体験をするイエスを知っているのでしょうか?今日、主イエスを宣教して行きます。もっと、もっと自分をうちやうぶってイエスを知りたい、主よ導いてください。

  
  

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