使徒行伝7章35節『だれがあなたを 支配者や 裁判官にしたのか. 』と 言って 人¿が 拒んだこの モ ― セ を, 神は 柴の中で彼に現われた御使いの 手によって, 支配者また 解放者としてお 遣わしになったのです.
今日はステパノが、モーセの信仰を通して私たちは、何かをしようとしても、「人間の力ではできない」こと、そして人間の時でなくて、神様の約束の時に準備されること、神様のCALLINGについて語ってくれます。モーセは最初自分の力で使用としました、しかし、同じ国民から排除され、認めてもらえなかったのです。失意の彼に、80歳になった彼に、神様は再び呼んでくださいました。神様のCALLINGは、①神様に出会う経験、体験(仕事から呼ばれるのでない!)神様に出会う体験は、関係を持つことを意味します。そうでなければ、虚しいものです。②聖めがあります、それはこの世から区別されることです、これがなくては、後で失敗したり、倒れます。自分だけでなくて、周りに悪い影響を与えます。自分も気をつけないといけないと思います。③神様の声を聞く、神様の心を知る時間です、④神様に遣わされます、それはエジプトの全ての学問を学び、行いもすべてのことが卓越していたころのモーセと違った年老いたモーセでしたが、神様の力が臨む時に神様の計画が始まりました。⑤周りの人々も認めるリーダー、解放者として建てれました、しかし、それには長い時間、訓練と神様のGOサインの出るときまで待たないといけませんでした。今朝、思わされたのは神様の約束の時、リバイバルを期待して、準備して待つ、ことでした。神様の深い関係を持って行きます、主よ、あわれんでください。
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