創世記42;29「こうして、彼らはカナンの地にいる父ヤコブのもとに帰って、その身に起こったことをすべて彼に告げて言った」
ヨセフの兄弟たちは、シメオンを縛られてエジプトの地に残し、自分たちが間者として疑われたこと、そして大事な末の弟を連れてこい、と言われたことを父ヤコブに伝えます。まさに、危機です。しかし、神様からの試練はまさにここが大事です。危機の時にまず、正直に、素直に心を開いて対応するのか?そして、次に神様の身元に、神様の心にたどり着くのか、どうかが、非常に大事なポイントになります。兄弟たちはまず自分たちのことを「正直者」である、と真っ赤な嘘をつきます。間者に比べればそうでない、と言いたいのかも知れませんが、ヨセフの前に、神様の前に罪びとであり、弟の事を嘘をついて、罪を犯しているのです。ここに勘違いがあります。時間が経てば、私の罪は終わる、分からなければ、消えていく、という人間の勘違いです。天国では覚えられています。また、神様の与えた試練は、この地上で彼らの罪を示してくださいます。それは、悔い改めることが出来るなら感謝な回復の時なのです。地上で回復できるなら、天国では祝福が待っています。この地上でも、回復の祝福があります。試練は、神様の下さる回復の時への大事な過程です。そのチャンスを大事にしているのでしょうか?葛藤の起こる時は、心のありのままを出しながら、神様の前に出て行く時間です。恐れがあるときにこそ、心のままに出て行く時間です。それは、葛藤の中に、試練の中にいる神様の愛だからです!私の状況は、今すぐに何か起こらないか?私のタイムスケジュールで考えてしまいます。しかし、葛藤の時も主イエスの前に正直に悔い改めて、主の愛を信じて出て行きます。
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