エズラ2;43-70、イスラエルの神殿再建のためにイスラエルの人々の帰ったリストが続きます。その中で、宮に仕えるしもべ、ソロモンのしもべたちの子孫、祭司、レビ人、歌ううたい、門衛、そして彼らの先祖を証明できない人々も出てきます。その中で、今朝私に与えられたKEY WORDは「アイデンティ」でした。それは、クリスチャンのアイデンティは「しもべ」だということです、それも自らの決心でも、思い出、場所や、働きや役割は違っても、神様のしもべである、ということです。何故でしょうか?クリスチャンとはどんな罪が会っても、赦された人です。どんな過去があっても、新しく変えられた人です。運命が変えられた人です。そのアイデンティにふさわしく生きる人です。宗教に強制はあっても、洗脳はあっても、クリスチャンに強制はありません。洗脳は当たり前か。キリストに愛されている人です、言われなくても、自ら愛するのがクリスチャンです。自らイエスを愛し、栄光のために自らが決めて行きます、今日、喜びから、自ら決めて、仕えていきます。
北米LAカウンティトーランス(TORRANCE)にある日系ジュビリー教会のブログです Add:19950 mariner ave #208 Torrance california90503 USA 礼拝時間:日曜日午後1時から 連絡先:minoru@sarang.org
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Thursday, October 2, 2014
礼拝を優先する幸せ、
エズラ3章1-13節、エズラたち、イスラエルの民たちは集まって礼拝をささげます、今まで外国に捕囚にされたために出来なかったささげもの、全焼のいけにえ、毎朝、毎夕のささげものをします、そして神様の決められた暦である、仮庵の祭り、新月の祭りをささげます。イスラエルの民にはどれほど待ち望んでいた礼拝の回復、イスラエルの民として神様にある生活の暦、その生活、でしょうか。神様の民の回復は、礼拝からです、生活からです、礼拝はセレブレーション、です。神様を喜び祝います、主に栄光を返します。生活が大変だから、といって生活に走るのでなくて、礼拝を最優先にする時に祝福と平安、確信もって生きれます。今日、礼拝する生活のルーティンを持ちます。その幸福はどれだけのものでしょう。今日、教会の礼拝の祝福をまた今日一日新たにします。今日の礼拝、信仰生活、教会生活のルーティンを作っていきます。(写真はいきなりですけど、アナハイムエンゼルスがナショナルリーグWESTカンフレンスでチャンピオンになったセレブレーションから)
敵の攻撃さえも、祝福に変えるイエスに従う。
エズラ6:1-12,エルサレムの城壁再建、神殿再建、礼拝の立て直し、回復を攻撃した人々はダリヨス王に手紙を書きました。しかし、そのことによってかえって、イスラエルの人々が神殿を再建することを法的に認め、バビロンの文書を確認させ、メディアの財政的なサポート、神殿の大事な器具の返還まで認め、さらに彼らを攻撃するものには、家を根絶やしにするとまで言われます。リビングライフの解説を見ると、16年の中断期間があったとされています。どれほど大変な時期、忍耐、つらい時期だったでしょう。しかし、神様の祝福はとんでもない1000倍返し、以上です。今日、種の礼拝に喜んで、期待して仕えていきます(写真は教会の友人とともに行ったエルサルバドル料理のお店の食事です)
神様の言葉によって成功せよ、
エズラ6:13-22、神様はこの世の権威者である王様たちを通して、とうとう礼拝の回復、神殿の建築に成功させました。しかし、それは神様の預言者たちであるハガイとゼカリヤの預言を通しての神様のメッセージを聞いて行なったからなされたのです。そこに、礼拝の回復、神殿礼拝の回復、passover,種を入れないパンの祭り、の回復という信仰生活の回復、信仰共同体の回復がありました。まさに、生活の中で神様を礼拝することが出来た時に、彼らに喜びが溢れました。今日、神様の言葉により教会に仕え、礼拝を立て直します。この世の権威者で者さえも動かす神様の心で歩みます。主よ礼拝の喜び、共同生活の喜びを立て直してください、わたしに、教会のうえに、(写真は同じくエルサルバドル料理のお店、実はグァテマラ料理と思ってたらグァテマラ人は似てるけど少し違うよ、と教えてくれました)
神様の準備された人
エズラ7:1-10;今日のQTは、エズラというの人の、エズラ書だから主人公?の登場です。なぜ、急に出てくるのか?一節、これらの出来事ののち、とあります。エズラは祭司の家系であり、律法の学者であり、神様のみ言葉を学び、英語版のsenaでは、student of the law とあります。この表現素敵ですね、そして、神様のみ言葉を何より行おうと、イスラエルにさせようと心定めた人でした!このような人を神様は準備され、用います。主の恵みのみてがあったので、God was on himとあります、神様がこのような人を準備されて用いられます、韓国の聖書大学院にエズラ聖書大学院というのがあります、聖書を読み、黙想し、生きることを目指します。今日、主のみ言葉を学び、黙想し、教え、生きていくようにします。エズラのように神様が準備されて、用いられますように。(今日もエルサルバドルのsea food)
主が用意してくださる
エズラ7:11-28・エズラが主のおきて、命令の言葉を守るため、礼拝共同体のを作るために、アルタシャスタ王は移民の許可、礼拝の必要を与えます。それだけでなく、指導、任命の許可を与えます、しかも、熱心に行え、と言われます。今日奉仕と出会い、交わりを主の備えてくださるため熱心に、心して行います
Because the gracious hand of our God is on us
エズラ8:1ー20、エズラが第二次帰還者を記録した時にレビ人がいませんでした。そのために、神様のみ宮仕える人を選び、準備し、立てることになります。神殿建築をし、礼拝するのに、レビ人がいない、帰る人がいない、なんということでしょうか、祭司がいても、民がいても、主に仕えるレビ人がいない。これでは困ります、祭司だけでは、民だけではいけません。いつの時代も教会も、働き人が足りません。主よ、あなたのために働く人を起こしてください、と祈ります。主よ私をその一人に、人を立てる人にしてください。しかし、keyは神様の恵みの手があるかどうかです。それがあってこそ、人の立てることができます、主よ歩ませてください
この旅を守る神様、
エズラ8:21-36,エズラたち、第二次帰還者たちは、神様の守り、恵みの中で帰ってきます。彼らはバビロンに頼らず、神様に祈りをもって謙遜に頼り、神様の祈りの答え、恵みの手の中で帰還します、旅には多くの危険があったことでしょう。しかし、神様の恵みの手を体験し、証しながら帰ってきます。今日、私の旅も、人生も、主への礼拝の回復、共同体の回復も主を信じ恵みの旅を体験していきます
真の悔い改めは逃げない
エズラ9:1-15,イスラエルに帰還してから、レビ人、祭司たちが、リーダーたちが異邦の民の(ここでの異邦とは神様の忌み嫌われること)縁を切らないで、自分の中で不純物を残しながら、妥協しながら、まあ、いいじゃん。仕方ないでしょ、と。不信の罪を残してきたことを発見します。しかも、民族のリーダーたち、宗教のリーダー今風に言えば教職者でしょうか、そうしている、というのです。エズラは色を失い、悔い改めをしました。しかも、神様の前に出れない、と告白しました。エズラは学者です、祭司であったわけでありません。しかし、神様の言葉を行うために心を決めた人です。真のリバイバルの前にきよめがあります、罪の悔い改めが有ります。罪の解決は隠すことでも、逃げることでも有りません、神様の前にどうしたらいいのですか?と出ることです。あわれみをこうことです、私の中に解決策はありません。今日、主の民とともに神様の前にでて悔い改めをしていきます、礼拝します、主の民とともにあわれみを求めます
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